はじめに ── 「デジタルだから覚えられない」は気のせいではない

学校でもオンライン講座でも、教材のデジタル化が急速に進んでいます。一級建築士の学習環境も例外ではなく、スマートフォンやタブレットで教材を読む受験生が増えています。

こんな経験はないでしょうか。

法規の条文をスクロールしながら読んだのに、翌日の模擬試験で「どこに書いてあったか」が思い出せない。ハイライトをたくさん引いたのに、試験本番では記憶が出てこない。動画を見たはずなのに、翌日には内容がほとんど残っていない。

これは集中力や記憶力の問題ではありません。デジタル学習の構造的な問題です。原因があり、対策があります。この記事では、研究で明らかになっているデジタル学習の弱点を正直にお伝えしたうえで、私たちがどのように考え、教材とメソッドを設計しているかを説明します。

デジタル化で学力が下がる根本原因

まず、最も本質的な原因を一文で言います。

深い理解に使うべき脳の処理能力が、画面操作・注意制御・現在位置の把握・学習管理に分散してしまうこと。

私たちの脳が同時に処理できる情報量には上限があります(認知負荷理論、Sweller, 1988)。紙の本を読むとき、脳は「文章の意味を理解すること」にほぼ全力を使えます。しかし画面で読むとき、脳は文章理解と並行して、スクロール操作・通知の抑制・「今どこを読んでいるか」の把握・次に進む判断まで同時に処理しなければなりません。

紙と画面を比較した複数のメタ分析(Delgado et al., 2018; Singer & Alexander, 2017)では、画面読書は特に説明文・情報文において読解成績がやや低くなりやすく、差は表面的な事実確認よりも、推論・要約・関係づけといった深い理解で出やすいと報告されています。影響が出やすいのは「勉強の文章」です。建築基準法の条文、構造原理の解説、設備の仕組みなど、まさに一級建築士試験で問われる内容がこれにあたります。

学習条件別の認知資源配分(概念図) 紙・一般的なデジタル・当社メソッドの3条件で深い理解に使う処理と他の処理の比率を比較した横棒グラフ (一般教材) 一般的な デジタル 当社メソッド 深い理解 75% 25% 深い理解 42% 他の処理 58% 深い理解 85% 15% ※ページ数を紙の約1/3に削減・一画面一テーマ設計 ── 位置把握・ページ切替えコストを最小化 深い理解に使う処理 必要最小限の他処理 過剰な処理(デジタル)

図1:認知資源の配分(概念図)— 数値は代表的な研究知見に基づく概算。紙は一般的な教材のページ増加による位置把握・ページめくりコストを含む。当社メソッドはページ数を紙の約1/3に削減した効果を含む。

具体的な4つの原因

原因 01

「速く処理する読み方」に偏りやすい

スクロール・タップ・切替えが前提のため、精読より「必要箇所を素早く拾う」方向に傾く。文章全体の構造把握や論理のつながりの保持が弱くなる。影響は物語文より説明文(勉強の文章)で顕著(Singer & Alexander, 2017)。

原因 02

「分かった気」という錯覚が起きやすい

画面読書では実際の理解度より自己評価が高く出るメタ認知のずれが生じやすい(Wästlund et al., 2008)。検索・ハイライト・拡大などの操作が「理解した感覚」を疑似的に生み出す。

原因 03

空間的な手がかりが弱く、知識を構造化しにくい

「左ページの上の図の近くに書いてあった」という物理的位置情報は記憶の索引として機能する。電子教材ではこの空間的手がかりが弱く、文章全体の地図を頭の中に作りにくい(Mangen et al., 2013)。

原因 04

学習装置と娯楽装置が同じ端末にある

SNS・動画・ブラウザ・通知が隣接する環境では「学習に集中できる環境が壊れやすい」。OECDは授業中のデジタル機器による注意の分散が学業成績低下と関連すると報告(OECD, 2015)。

「デジタルが悪い」と言い切れない理由

研究者やUNESCO・OECDの見解は一致しており、「デジタル教科書が紙より必ず劣る」とは言えません。成否は導入の設計、指導法、端末管理、読解指導の有無で大きく変わるとされています。学力低下の根本原因は「デジタルそのもの」ではなく、「深い読解に不利な使い方が、設計されないまま標準になっていること」です。条件を整えれば、デジタルは有効な学習ツールになります。その条件とは何か。私たちが教材設計で取り組んできたのは、まさにこの問いへの答えです。

私たちの教材設計の考え方

私たちはデジタルを否定していません。ただし、「見るとき」と「使うとき」では、学習方法は明確に異なります。

「見るとき」の設計 ── 画面操作を極力なくす

私たちの教材は、一画面に一つのテーマに対する学習内容を完結させる構成を取っています。スクロール・タップ・切替えを極力なくし、「次の操作を考える処理」を発生させないためです。ページをめくる動作でさえも集中力を一瞬途切れさせます。まして操作が増えるほど脳の処理能力が分散するため、この問題を画面設計の段階で最小化することを優先しています。

また、教材の構成は言語情報と視覚情報を組み合わせた設計にしています。文章と図の両方で学習することで、試験本番で記憶を引き出す際に複数の経路からアクセスできるようになります。これは心理学者Paivioの二重符号化理論(Dual Coding Theory, 1986)に基づく設計です。「あの図の横に書いてあった」という空間的な索引を、教材設計の段階で意図的に埋め込んでいます。

「使うとき」の設計 ── 必ずトレースする

紙でも画面でも、「読んだ」と「理解した」は別物です。簡単に次のページに進めるからこそ、「読んだ」という錯覚が起きやすい。私たちが強く勧めているのは、見るだけで終わらせず、必ずトレース(書く)を組み合わせることです。

推奨する学習の3ステップ 見る(教材を精読)→書く(ノートにトレース)→再現する(白紙から書き起こす)の3ステップフロー STEP 1 見る 教材を精読する STEP 2 書く ノートにトレース STEP 3 再現する 白紙から書き起こす ハイライト使用せず テキストへ書き込まない 何も見ずに書く

図2:推奨する学習の3ステップ

テキストへの書き込みが良くない理由

トレースはノートまたは白紙のノートアプリ画面で行います。テキスト自体への書き込みは推奨しません。理由は二つです。

一つ目は、教材に記載されていない補足的なメモは書き込んで構いませんが、テキストの内容そのものをインプットするためのトレースには、別のノートを使うべきだからです。二つ目は、教材への書き込みが増えると、次回見返したときに「書き込みを読む」になってしまい、一からトレースする力が育ちにくくなるからです。理解の定着には、何も見ずに再現できる力が必要です。そのためには白紙から書き起こす経験の積み重ねが不可欠です。

まとめ

デジタル教材で学力が下がりやすい理由は、デジタルそのものではなく、深い理解に必要な認知資源が画面操作・注意制御・位置把握に分散することにあります。この問題は、設計と使い方で防ぐことができます。

私たちのテキストとメソッドは、この考え方を一貫して実装しています。

  • 一画面一テーマの完結型設計で、操作による中断を最小化
  • 言語情報と視覚情報を組み合わせ、記憶の引き出しを複数用意(二重符号化理論)
  • 読むだけで終わらせず、必ずトレース(書く)を組み合わせる
  • テキストへの書き込みではなく、白紙のノートを使う

受験勉強において「分かった気」は最も危険な状態です。画面を閉じたあと、何も見ずに再現できるか。それが唯一の基準です。


参考文献

  • Sweller, J. (1988). Cognitive load during problem solving. Cognitive Science, 12(2), 257–285.
  • Delgado, P. et al. (2018). Don’t throw away your printed books. Educational Research Review, 25, 23–38.
  • Singer, L. M., & Alexander, P. A. (2017). Reading on paper and digitally. Reading Research Quarterly, 52(4), 407–419.
  • Mangen, A. et al. (2013). Reading linear texts on paper versus computer screen. Computers & Education, 71, 23–31.
  • Wästlund, E. et al. (2008). Reading from paper versus computer screen. Computers in Human Behavior, 24(3), 656–671.
  • Paivio, A. (1986). Mental representations: A dual coding approach. Oxford University Press.
  • OECD (2015). Students, Computers and Learning: Making the Connection. OECD Publishing.
  • UNESCO (2023). Technology in education: A tool on whose terms? Global Education Monitoring Report.