令和7年(2025年)の試験で、「条件は全部クリアしたはずなのに不合格だった」という受験生が100名近くの再現図添削から、多数報告されている。その多くに共通するのは、ある思考の欠落である。建築主となる試験元の条件を満たすことに集中した結果、その建築を実際に使う利用者・運営する管理側の視点が、エスキスの工程で欠落していた。

人は「考えなくても動ける方」を
「楽」と錯覚する

2つの選択肢を前にした時、人は無意識に「思考停止でも実行できる方」を選ぶ。これは怠慢ではなく、脳の省エネ機能が自動的に働いた結果である。

認知科学者のDaniel Kahneman(ダニエル・カーネマン、プリンストン大学名誉教授)は、人間の思考を「システム1(直感・自動)」と「システム2(熟慮・論理)」の2種類に分類している。エスキスにおいてシステム1を選んだ場合——すなわち、深く考えずに「いつもの手順」で機械的に進めた場合——は、ゾーニングや動線の綻びが各所に生じ、やり直しの発生によって結果的にシステム2より多くの時間を要することになる。さらに、精度に欠けたまま時間を優先して完成させた結果、合格基準に満たないプランとなる。エスキスにおける「楽」とは、システム1的な思考停止ではなく、システム2を繰り返し訓練することで、正確な判断を高速で実行できる状態に到達することを指す。

図1|思考の2システム構造(Kahneman, 2011をもとに作成)
システム1 直感・自動思考 高速・省エネ 無意識に動く 精度に欠ける 「楽」と錯覚する思考 システム2 熟慮・論理思考 低速・高コスト 意識的に動く 精度が高い 本当の「楽」はここにある 切替 思考を停止してもできる方 ≠ 本当に楽な方
出典:Daniel Kahneman, “Thinking, Fast and Slow” (2011) をもとにLink&Study編集部が作成

エスキスにおいて重要なのは、十分に熟慮した末に自分の中で定着した判断プロセスを、高速で実行できるようになること——これが本当の「楽」である。条件を確認する手順を考えずに飛ばすことは、楽ではなく「思考の放棄」に過ぎない。

「楽」の正しい定義:思考を尽くした結果として最適解となる方を選ぶこと。怠ける・放棄するではなく、考え続けた末にたどり着く合理的選択のことである。

2つの思考を並列で走らせる——
そのバランスはなぜ崩れるのか

エスキスでは、常に2本の思考軸を同時に走らせなければならない。

図2|エスキスにおける2軸の並列思考モデル
must 問題条件を満たす 建築主の要求 Function 機能として成立 利用者・管理者視点 この2軸を並列で走らせ続けることが合格の条件 スタートライン 合格を決める軸 ⚠ 令和7年の不合格者の多くは、右軸(Function)の思考が欠落していた
Link&Study編集部作成|令和7年試験の傾向分析をもとに図式化

「建築主となる試験元の条件を満たすこと(must)」は、採点のスタートラインである。これを満たしていない場合、即失格または大減点となる。しかし、満たしていれば合格できるわけではない。

問題は、must軸に意識が集中した瞬間、もう一方の軸——実際に建築が機能するかどうかを判断するFunction軸——が静かに止まることである。

バランスが崩れたと気づいた時、人はもう一方を強調しようとする。しかしこの補正が、今度は逆方向への偏りを生む。大事なのは、2軸を同時に走らせながら、偏りに気づいた瞬間に修正し続けることである。

「建築主に寄り添え」という教え方の
致命的な欠陥

近年の一部の学習指導において、「建築主の意図を読め」「建築主の立場で考えよ」という方向性が強調されている。この方向性そのものは間違いではない。

しかし、この教えだけを受けた受験生には深刻な欠落が生まれる。

図3|建築を取り巻く3つの立場
建物 公共建築 建築主 発注・条件設定 must の源泉 利用者 機能・動線 管理者 運営・維持 戸建て住宅を除く大半の建築では、この3者の視点が全て必要
Link&Study編集部作成

戸建て住宅のように建築主と利用者が同一人物である建築ならば、建築主視点のみで完結することもある。しかし試験で出題される複合施設・公共的建物では、建築主・利用者・管理者はそれぞれ別の立場の人間である。

建築主が「この室がほしい」と要求したとして、その室はどこに置けば使う人にとって機能するのか。動線はどう繋がるべきか。管理スタッフはどこから動くのか。搬入はどこから行うのか。これらを問うのが、設計製図試験の本質である。

「条件を満たすことはスタートライン。
機能するプランを作ることがゴールである」

令和7年(2025年)試験で起きた
「機能欠落」の実例

令和7年の設計製図試験において、複数の機能・複数の利用者が存在する課題において、機能を考慮する思考が欠落して不合格となった受験生が多数報告されている。以下は代表的なパターンである。

不合格パターン A

利用者動線と管理動線の混在

要求室の面積・数は全て条件を満たしていたが、一般利用者の動線と管理スタッフの動線が交差・混在したプランになっていた。利用者側からすれば管理エリアを通り抜けざるを得ず、機能として成立しない配置であった。

不合格パターン B

コア位置の誤りによるゾーン分離の失敗

建築主の要求に記載があった「各ゾーンを明確に分ける」という条件は見かけ上満たしていたが、コアの位置が不適切だったため、実際の利用においてゾーン間の行き来が不合理な動線となっていた。特定の利用者が建物の端から端まで移動せざるを得ない配置となっており、採点上の大減点(⚡⚡⚡)を受けたと推定される。

不合格パターン C

搬入・サービス動線の未検討

複数の機能を持つ施設において、各機能へのサービス搬入ルートが検討されていなかった。建築主の要求条件には、庁舎職員の執務室への時間外出入等を考慮した動線の明示がなかったため「書かれていない条件は無視した」と判断した受験生に多く見られたパターン。サービス動線・時間外動線は問題用紙に明記がなくても、建築として機能させるための基本要件である。

図4|must × Function マトリクス(合格・不合格の位置づけ)
must Function 条件は満たしたが 機能しないプラン → 令和7年の典型的不合格 条件を満たし かつ機能するプラン 合格ゾーン 条件未達 機能もしないプラン → 即失格・大減点 機能はよいが 条件未達のプラン → 減点対象
Link&Study編集部作成|令和7年試験の傾向分析をもとに図式化
must(問題用紙の条件)を満たすことは採点のスタートライン。Function(建築として機能するかどうか)は、合格ラインを超えるための必須条件である。この2つは、同時に達成しなければならない。

並列思考を訓練する——
エスキス中に問い続けるべき5つの問い

並列思考は、問いを繰り返すことで鍛えられる。以下の問いを、ゾーニング・プランニングの各段階で意識的に問い直す習慣をつけることが、思考停止を防ぐ最も有効な手段である。

  • 問題用紙に記載されている全ての条件(must)を満たしているか
  • この建物を実際に使う利用者は、どのように本敷地へアクセスし、どの入口から入り、どのような目的で、目的地となる要求室へ向かうのか
  • 管理スタッフは、利用者の機能を損なわず、且つ管理できるようにどこから出入りし、どのように各エリアへアクセスするか
  • 一つ又は複数の用途を持つ施設に於いて、各利用者動線と管理動線は不必要な箇所で交差して、プライバシーやセキュリティ等を阻害していないか
  • コアは、各ゾーンへのアクセスを合理的に機能する位置か

これらの問いは、暗記するのではなく、繰り返すことで「考えなくても問える」状態にまで習熟させることが目標である。これが本当の意味での「楽」——システム2の思考を、システム1の速度で実行できる状態——である。

思考を止めない——
それが令和8年試験で合格を掴む道筋

「楽な思考」とは、考えることを放棄することではない。十分に考え抜いた末に、判断プロセスが自分の中で定着し、迷わず動けるようになること——それが本当の意味での「楽」である。

建築主となる試験元の条件を満たすこと(must)と、利用者・管理者の視点から機能を実現すること(Function)。この2軸を並列で走らせる思考を身につけることが、令和8年(2026年)の試験で合格を掴む最短ルートである。

偏りに気づいたら、反対方向に力を入れるのではなく、2軸を同時に確認する問いに戻れ。水準器を見ながら歩き続けるように、修正し続けることが並列思考の本質である。

参考・出典

  1. Daniel Kahneman, “Thinking, Fast and Slow”, Farrar, Straus and Giroux, 2011(邦訳:村井章子訳『ファスト&スロー』早川書房、2012年)
  2. 公益財団法人建築技術教育普及センター「令和7年一級建築士試験(設計製図)」試験結果・採点基準(同センター公式サイト)
  3. Link&Study編集部「令和7年設計製図試験 傾向分析レポート」(2025年12月、内部資料)